コラム
公開日:2022/12/06
更新日:2022/12/06
相続放棄の前後でしていいこととしてはいけないことを徹底解説
相続というと被相続人の現金、預貯金、不動産などの「プラスの財産」を手に入れることができると考える方も多いでしょう。
しかし、相続は、プラスの財産だけでなく借金などの「マイナスの財産」も対象になります。
プラスの財産よりもマイナスの財産が多い場合には、「相続放棄」という手続きを検討する必要があります。
今回は、相続放棄をお考えの方に向けて、相続放棄の前後でしていいこと・してはいけないことについて解説します。特に、家の片付けや服、日用品の処分で困っている方はぜひご参考ください。
1. 相続放棄を考えている相続人がしてはいけないこと
相続放棄は、所定の期間内に家庭裁判所に相続放棄の申述をすることによって、相続放棄をすることができます。
ただし、相続放棄をする前後で、一定の行為をしてしまった場合には、借金を含めた財産の相続を認めたものとみなされてしまい、相続放棄をすることができなくなってしまいます。このような制度を「法定単純承認」といいます。
法定単純承認に該当する事由としては、民法では以下の事由を定めています。
①処分行為(民法921条1号)
相続財産に対する「処分行為」があった場合には、遺産を承継する意思があるといえます。
そのため、単純承認をしたものとみなされます。
代表的な行為としては、下記のようなことなどが挙げられます。
- 遺産である預貯金の払戻しをすること
- 遺産である不動産を売却すること
②熟慮期間内に相続放棄をしない場合(民法921条2号)
相続放棄をする場合には、相続の開始があったことを知ったときから「3か月以内」に行う必要があります。
このような期間を「熟慮期間」といいます。
熟慮期間内に相続放棄や限定承認をしなかった場合には、単純承認をしたものとみなされます。
③相続財産の隠匿・消費(民法921条3号)
相続放棄をした後であっても相続財産を隠匿、消費したり、故意に遺産目録に記載しなかった場合など一定の背信行為があった場合には、当該相続人に対するペナルティとして、相続放棄の効果が否定され、単純承認をしたものとみなされます。
2. 相続放棄をする際にしても大丈夫なこと
ここまで、相続放棄にあたってしてはいけないことを解説しましたが、以下のような行為であれば、相続放棄をする際にしても問題はないと考えられます。
(1)相続財産調査
相続財産調査とは、被相続人の財産を調査する手続きです。
相続財産調査は、遺産相続の前提となる行為ですが、それ自体に財産を処分するという性質はありません。
被相続人のプラスの財産とマイナスの財産を正確に把握していなければ、相続放棄をするかどうか判断することができません。
つまり、相続放棄する前にしっかり財産調査をすることは問題ありません。
(2)相続財産の管理
相続財産の管理とは、目的物の性質を変えない範囲において、保存・利用・改良を目的として行う行為のことをいいます。
相続人は、相続放棄をするまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意義務で相続財産を管理しなければならないとされています。
そのため、相続財産の管理については当然の義務として法定単純承認には該当しません。
相続財産の管理にあたる代表的な行為としては、「短期賃貸借」があります。
樹木の植栽目的の山林については10年、それ以外の土地については5年、建物については3年、動産については6か月を超えない期間で賃貸借したとしても短期賃貸借にあたり法定単純承認とはなりません。
そのため、財産の処分に該当しない相続財産の管理については、相続放棄の前後を問わず行うことができます。
(3)保存行為
保存行為とは、財産の現状を維持する行為のことをいいます。
例えば、消滅時効の期間が迫っている債権について「時効の完成猶予や更新をすること」、また老朽化によって「倒壊寸前の建物を補修すること」などは保存行為に該当します。
これらの行為をしたとしても、相続放棄をすることができます。
3. 相続放棄をする際にしてはいけない?具体例で解説
相続放棄をする前後でしていいこととしてはいけないことを説明しましたが、具体的にイメージできないという方もいるかもしれません。以下では、具体的なケースを挙げながら説明します。
(1)衣類や家財、家電製品、日用品を処分してしまって大丈夫?
遺品の形見分けや片付けが法定単純承認にあたるかどうかは、遺品に高い「経済的価値があるかどうか」がポイントになります。
経済的価値がほとんどないような遺品であれば、それを形見分けしたり、片付けたりしたとしても相続財産の処分には該当しません。
そのため、経済的価値がない衣類、日用品、家財、ゴミなどの処分をして、家の片付けのような事をしたとしても相続放棄には影響はないでしょう。
しかし、ブランド品や宝石類、高価な家電製品などの経済的価値の高いものを形見分けした場合には、相続財産の処分にあたり、相続放棄が認められなくなる可能性がありますので注意が必要です。
なお、裁判例では、被相続人のスーツ、コート、毛皮、鞄、絨毯など遺品のほとんどすべてを持ち帰った行為が「法定単純承承認になる」と判断したものもあります(東京地裁平成12年3月21日判決)。
(2)携帯解約してしまっても大丈夫?被相続人のしていた契約の解除
被相続人が携帯電話の契約をしていた場合には、そのままの状態だと使用していなくても基本使用料などがかさんでいくため、解約をしてしまったという方もいるかもしれません。
相続債務の増加を防ぐという観点からは、保存行為にあたるとも思えますが、回線契約も相続の対象であると考えると勝手に解約してしまうと相続財産の処分に該当すると判断される可能性があります。
判例による明確な見解があるわけではありませんので、相続放棄を考えている場合には、携帯電話の解約は避けた方が安全でしょう。
(3)相続財産から葬儀費用の支払い
被相続人の葬儀を執り行うことは、日本の慣習として極めて自然な行為といえますので、相続財産から葬儀費用の支払いをしたとしても、相続財産の処分には該当しないと考えられています。
ただし、葬儀費用の金額が常識的な範囲を超えていた場合には、例外的に相続財産の処分に該当する可能性もありますので注意が必要です。
(3)相続財産から墓石を購入
葬儀費用の支払いと同様に、墓石や仏壇の購入についても日本の慣習として当然とされている行為ですので、その費用を相続財産から支出したとしても原則として法定単純承認事由である相続財産の処分にはあたりません。
ただし、墓石や仏壇の金額が社会的にみて不相当に高額であった場合には、例外的に相続財産の処分に該当する可能性もありますので注意が必要です。
(4)相続財産から相続した債務の支払い
弁済期の到来した「債務の弁済」は、保存行為に該当すると考えられますので、相続した債務の支払いをしたとしても、法定単純承認事由である相続財産の処分には該当しないと考えられます。
しかし、債務の支払いを相続財産から行ってしまうと、相続財産の処分と判断される可能性もあります。
そのため、どうしても被相続人の債務を支払わなければならない事情がある場合には、相続財産からではなく、相続人固有の財産の中から支払うようにしましょう。
(5)相続財産中の債権の時効中断のために弁済を受領
相続財産に含まれる債権の時効期間が迫っているという場合には、債務者に対して支払いの催告をすることによって、時効の完成猶予をすることができます。このような権利行使については、相続財産の管理に該当しますので、法定単純承認事由である相続財産の処分には該当しません。
しかし、債務者への催告にとどまらず、債権の取り立てや回収までしてしまうと管理行為を超えて相続財産の処分に該当する可能性がありますので注意が必要です(最高裁昭和37年6月21日判決)。
4. まとめ
今回は、相続放棄でしてはいけないことなどを解説しました。
特に、携帯の解約、日用品や衣類の処分、家財や家電製品の処分などは悩んでしまう人も多いでしょう。
上述したとおり、相続放棄をする場合には、相続放棄前や相続放棄後にしてはいけない行為がいくつかあります。
法定単純承認に該当する行為であるかは、ケースバイケースであることも多いため、ご自身で判断することに不安があるという場合には、法律の専門家に相談することをおすすめします。